「お遍路」という名の、リアルドラクエ

07.23

「お遍路」という名の、リアルドラクエ

こんにちは、マオです。

先日、お客さんと話をしていた時に、
「修行とかって、どんなものがあるんですか?」
という事を聞かれました。

なので今日は、
自分が過去に行った修行の1つをお話ししようと思います。

 

何年か前に、僕は四国のお遍路を歩いて回った事があります。

っていうか、
「そもそも“お遍路”ってなに???」
という方もいると思うので、簡単に説明させて頂くと、

四国にある88か所のお寺を歩いて回る修行になります。

その88か所は、「空海」という偉いお坊さんと縁があるお寺で、
それを全部回るとご利益があったり、イイ事がある。
なんて事が言われています。

 

と、口で言うのはとても簡単なのですが、
実際には、四国を一周。
だいたい、1300~1400キロぐらいを
約2ヶ月かけ歩いて回るのですが、

自分の着替えや必要品、飲み物などをリュックに詰めて、
毎日30キロ近く歩くのは、かなり大変で、
山を登らなければいけない日もあれば、
どしゃ振りの雨や、風が強い日もあるので、

本当に辛く、まさしく“修行”といった状況があります。

 

今でこそ、道が舗装されたりして歩きやすいのですが、
その昔は、お遍路を歩いている最中に亡くなってしまう方も
いました。

なので、お遍路の道には
「遍路塚」というものがあり、至る所に遍路を歩いていて
亡くなった方のお墓があります。

お遍路を歩く時、白装束を着るのは、
その過酷さゆえに
「いつ死んでも大丈夫なように」
といった意味があり、
それぐらい大変である事を表しています。

 

「どうして、四国なんですか?」
「また、わざわざ四国まで!!」

って事を言われたりもするんですが、

四国は、もともと修験の場。
ようするに、修行の場所として、昔からお坊さんとか
修験者の方が訪れている場所で、
そういった方々が、修行の意味で、
四国の各地を歩いて回っていました。

 

しかし、それが江戸時代になると、
ご利益を求めたい一般の民衆も歩き始めるようになったり、
その当時、今ほど医学が発達していなかったので、
治らない病気にかかってしまった人が、
せめてもの救いや希望を求めて、お遍路を回った。

それが、今日に至っています。

 

だから、修行以外でお遍路を回る人と言うのは、
何かしらの悩みを抱えていたり、
人生に対する不安があって・・・。
という方が多くいらっしゃいます。

なので、お遍路をしている方に対して、
「何でお遍路を回っているんですか?」と理由を聞くのは、
タブーなんです。

 

もしかしたら、その人は
愛する奥さんや旦那さん、子供を亡くしてしまい、
人生の意味を見いだせなくなってしまったかもしれませんし、
会社が倒産したり、クビになってしまったのかもしれない・・・。

離婚したり、病気になったりと、
ほんと、色んな理由や悩みを抱えているので、
デリケートな部分には触れないのが約束でもあります。

ただ、相手からその理由を話したり、
相談されたりしたなら、また話は別ですが・・・。
 

僕は職業柄でしょうか、
自分が占い師だという事を明かしていないのに
なぜか、色んな人から相談を受ける事が多く、
それもまた、自分にとっての修行になっていました。

 

ちょっと話がズレて、重たくなってしまいましたが、
題名に書いた「お遍路という名の、リアルドラクエ」とは、
いったいどういう事なのか?

この理由は、僕自身の経験に基づいていて、
実際に歩いて回っている時に、
ふと、「あっ、これってドラクエだなぁ」って
僕は感じたんですが、

88か所を回るのは、それぞれのボスを倒して、
アイテムを手に入れる事に置き換えられ、
それを一つ一つクリアしていく。

という、冒険のようなストーリーでもあるんです。

 

では、ロールプレイングゲームでつきもののモンスターや敵は、
どこで現れるのかというと、自分の心の中に出てきます。
 
何が言いたいかと言うと・・・。

毎日、30キロ近く歩いているものの、
歩く事自体は単調なので、
頭では色々な物事を考える事ができます。

お遍路に行った当時の僕は20代だったので、
考える事と言ったら、

「もっと遊びたいなぁ」とか、
「カワイイ女の子と、ご飯に行きたい」
「美味しいモノ食べたい」

など、欲のかたまりのような考えが
湧いては消え、湧いては消え・・・
 

頭に浮かぶのはそういった事ばかりなのですが、
修行に来てる以上、
それが出来ない現状に葛藤し、
心や頭の中は、いつも天使や悪魔が戦っているような状態でした。

 

しかし、
ずーーーーーーーっと、そんな自分自身の内面と向き合い、
毎日毎日歩きながら、
心の中に現れるモンスターと戦っていると、
だんだんと、その対処法が分かってくるようになります。

例えば、その一つとして、
「そんな考えを起こす自分はいけない」
と否定してしまうのではなく、

「そういった部分も自分の一面である」
と、受け入れてあげる。
 
そうすると、いたずらに自分を責める事が無くなり、
無心の状態に近くなっていく。

物事に縛られたり、
執着や欲の気持ちが少しずつ晴れ、
非常に、心が穏やかで落ち着いた状態に
なっていく。

欲の考えが、「ふっ」と頭や心の中に現れるのですが、
いつまでも、その事で悩んだりせず、
少しずつではありますが、
簡単に流せるようにもなってきます。

 

そして、もう1つ学んだ事。

それは、自分に起こる物事の全てが
自分自身の責任であり、
今置かれている状況や境遇は、
あなたの努力次第で、いくらでも変えられる。
という事です。
 

僕自身、お遍路を無事に終えたのち、
何物にも代えがたい、
非常に大きな達成感を得る事ができました。

そして、それまで以上に、
人の気やオーラ、というものを、
強く感じられるようになったのですが、

かなりの努力をして乗り越え、
お遍路という名の冒険をクリアしたからこそ、
得られたものである。

という感覚が、
自分の中に明確にあります。

 

ドラクエとか、FFといったゲームなんかでも、
ボスを倒したり、冒険をクリアすると、
非常に特殊なアイテムを手に入れたり、
何か特別な魔法や技が使えるようになりますが、
それと似ています。
 

それは決して、お遍路という、
日常と離れた場所だから・・・。

という訳ではなく、
普段の僕らの生活においても、仕事や趣味、
習い事を頑張る事によって得られるものがあります。

 

そんな感じで、
ぜひぜひ、あなた自身においても、
変わらない努力を続けて、
毎日がもっと輝いて、充実したものになるように。

これからも一緒に、頑張っていきましょう!

 

◆追伸
お遍路には、納経帳という手帳のようなモノがあり、
お寺を回ってお経を納めると、
「確かにお経を読みましたね。」
という意味で、印をもらえます。

で、人によっては、
「スタンプラリー」なんて言う人もいるのですが、
それぞれのお寺やお坊さんは、そういった表現を非常に嫌がり
嫌います。

今回は、ゲームに例えてお話をさせて頂きましたが、
上記のような理由から、あくまでも皆さんに分かりやすく伝われば・・・
という想いで、このような表現を使わせて頂きました。

 

◆追伸2
四国は88か所のお遍路が有名ですが、
その88か所のお寺以外に、
別格20霊場という、20のお寺があります。

これも、弘法大師“空海”にゆかりがあるお寺になるのですが、
88と20を足すと、合計で108となり、
これは、人間の欲の根本である煩悩の数になります。

僕はこの別格20霊場も合わせて回ったのですが、
この108のお寺を、1つ1つ乗り越えて行く事によって、
自分の中にある煩悩を消していく。という意味があります。
 
大晦日の夜に、除夜の鐘を突きますが、
その数が108なのも、鐘を1つ突く事によって、
人間の煩悩を1つずつ償却していく意味が込められています。

あと、ミスチルの「天頂バス」という歌の歌詞にも、
「108の煩悩」というセリフが出てきてますが、
今の状況や環境に慣れ合わず、
幸せや幸福を、ただ待ってるだけじゃなくて、
自分自身の努力で手に入れろ!

みたいな事を言っている歌もあります。


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